いつもゴキゲンでいたいから…

自分らしくあるために。ジャンルを問わず、今日を書き留めていきます。

私が私でなくなる日

今日は少し遠方でセレモニーの仕事がありました。
特にリクエストがないので、《いつものアレ》に季節の歌を織り交ぜて演奏しようと思います。
ご葬儀は その度ごとに参列者の方が違うので、《いつものアレ》を繰り返してもいいかな?と演奏しているのですが…顔見知りのスタッフさんは、毎回同じような曲ばかり弾いていると思われているかもしれません😅


私がこの仕事を始めたのは比較的遅く、55歳の時でした。
楽器の演奏は身体能力でもあるので、歳を取れば それだけ衰えてきます。
その歳でセレモニーピアニストのデビューというのは かなり遅い方ですが…演奏技術を披露するものではないし、年齢を重ねた自分だから、この世から旅立つ方や ご遺族の心に寄り添いたいと思って  この仕事を始めました。



ですが集中力を保たせるのは なかなか大変で…気を抜くと、繰り返しする箇所が分からなくなったり、変な鍵盤を押さえたりしてしまうのです。
最近は自分の指と鍵盤の間に、目に見えないスポンジが挟まっているようで、クリアに弾けていない感じ。
まるで私が私でなくなってしまったような変な感触なのです。
できるだけ長く この仕事を続けていきたいですが、あと どれくらい演奏できるのかしら?
そんな状態なので、《いつものアレ》の存在は大きいのです😂


今日の故人さまは80代を超えたばかりの女性。
譜面台に演奏予定の楽譜をセットして弾き始めると、年配の男性(オジイチャン)がピアノの所へやって来て、演奏している私にアレコレ話しかけました💧
弾き慣れている《いつものアレ》を演奏する時でも集中力は必要なのに、こういう場合は本当に困ります😅
一応、お客さまなので失礼な受け答えはできないし…


「毎日弾いてるの?」(そんなにたくさん仕事はないですヨ)
「1日中ずっと弾いてるの?」(そんな体力あるわけないでしょ)


返答しないわけにもいかないので、「いいえ」とか「そうですね」と最低限の返事をしますが…ホラ!間違えちゃったじゃない💦



今日の会場は、私の近くにメモリアルコーナー(故人さまの お写真や思い出の品を飾る場所)があったので、式中の合間にしみじみと拝見させていただきました。
お孫さんのお宮参りの お写真かしら?
故人さまは、細っそりとした美しい方でいらしたのですね…


ふと ご遺影を見ると…そのお写真とは随分違った ご様子です。
ご病気のせいかしら?面変わりなさってしまったようでした。


お式の後は喪主さま(ご主人さま)に代わって、息子さんが ご挨拶されました。
息子さんのお話では、故人さまは認知症を患っていらしたそうです。
色々なことが次第に分からなくなり、最後は家族すら分からなくなってしまったと…
涙ながらに ご挨拶されていました。
故人さまが面変わりなさったのは、そのためだったのですね…


それを見て、私は姉のことを思い出しました。
難病と闘っている姉とは、ここ暫く会っていません。
姉も病気になってから面変わりしてしまいました。
病気は その人の性格も変えてしまうからでしょう。


人は変化し続けるもので、今も いつかは過去になります。
私も昔の自分とは全く違うし、これからも変化していくのでしょう。
いつか病気か老化によって、自分のことが分からなくなる日が来るかもしれない…


その時のために何かをすることはできないけれど、自分が自分でいられる時間を大切にしたい。
月並みな言い方かもしれませんが…どんな時でも、自分が楽しむこと。
それに尽きるのだと思いながら、今日も演奏させていただきました。
無事にお見送りできて感謝でした🙏