いつもゴキゲンでいたいから…

自分らしくあるために。ジャンルを問わず、今日を書き留めていきます。

心が錆びているのかも?

少し前の話になりますが…。
学校でピアノの授業をしている時、ある学生の様子が変だなと気付きました。
明らかに何かに悩んでいて、ピアノに気持ちが向いていない様子。
彼女に「何かあったんじゃない?」と言うと、ウンともウウンとも答えませんが…
これは多分、異性関係のことじゃないかしら?👀


「最近なかなかピアノを弾く気持ちになれないみたいだね。彼氏と何かあったんじゃないの?」
そう冗談混じりに言うと.…どうやらアタリのようです。


専門学校の1年生というと19歳。
その年代だと、自分の気持ちの中で恋愛のことが最も大きな部分を占めていたような気がします🙄


でも、いつの間にか《恋をする》っていう感情が無くなってしまったなぁ…
人を好きになった時のドキドキ感とか、最後に味わったのは いつのことだろう?


最近はやりの『推し』。
誰かを応援することが『推し』だそうですが、私には推したい人がいません。
これって変なことなのかしら?

先日買った雑誌には『推し活のススメ』が載っています。
誰かを好きになり、応援することで自分もエネルギーをもらえる。
そんな《推し活》をすることで脳が若返るのだそうだけれど…
『推し』を持たない私の脳は錆びついているのかしら?


誰かを好きになることに年齢は関係ないと思うけれど、好きになれる対象がいないんですが😂


その昔、教えていた生徒にイケメンがいても、あくまで教え子であって恋愛対象になり得ませんでした。
だから?若いイケメンを見ても「かわいい子だね、ヨシヨシ」としか思えない。
とても😍って感じになれないんですけど🤣


う〜ん…
どこかに自分が好きになれる人はいないのかな?
それとも心が錆びついちゃっているから、人のことを好きにならないのかしら?
人を好きになった時のワクワク感は味わいたいけれど、なかなか そのチャンスがありません。



そんなことを考えていたら…


先ほどゲームで、事情により1年以上前に引退した友だちが戻って来たのです😳
彼から(ゲーム内で)プライベートメッセージが届き、再会を喜び合いました🙌


そこで ふと思いました。
『推し』は必ずしも必要な物ではないのではないかと。
何かに夢中になることが大事なのであって、夢中になれる物を持たない人が『推し』を必要とするのかもしれません。
私は楽しくて夢中になれるからゲームしているわけですが、そんな私に『推し』は要らないのかもしれない😅


でも、人を好きになるってステキなことですよね〜💖
それは年齢に関係ないと思います。
《老いらくの恋》をしたいとは思わないけれど、たまにはドキドキ感を味わってみたいな〜。
だけど恋愛ってメンドクサイよね…
そんな風に思うということは、やっぱり心が錆びているのかもしれません💧


(何を言いたいのか よく分からなくなっちゃった🤣)