いつもゴキゲンでいたいから…

自分らしくあるために。ジャンルを問わず、今日を書き留めていきます。

《好き》を仕事にするということ

今日と明後日はセレモニーのお仕事があります。
朝、身支度をしていると事務所から電話があり…明日の葬儀にも演奏をお願いします、とのことでした。
なんと3連チャン😳



3連チャンの演奏は、今までに2回くらい経験があります。
昼間、葬儀の演奏に入って、夜は通夜の演奏というダブルヘッダーの時もありました。
今回は3件ともリクエストがないので、それほど大変ではありません。
他の演奏者さんが1ヶ月に1〜2件しか仕事がないという話からすると、たくさん お仕事をいただけるのは幸せなことですね😅


「音楽の仕事をしているなんて、羨ましいですね」とよく言われます。
本当にその通りで、好きな音楽の仕事ができる私は幸せ者なのでしょうね。
最近になって、やっとそう思えるようになりました。


でも…私は何故、音楽の道に進むようになったのかしら?


私が音楽をするようになったのは、ピアノの技術者だった父の影響です。
子どもの頃、私の家は質素でオモチャはなく、父が仕事で使うピアノが3台あるだけ。
まともなピアノは1台だけで、他は火事で焼け出されたピアノや、壊れて修理中の物でした。
その他、家にあった楽器は、父の趣味のギター、弦の張っていないバイオリン、木琴、マラカス、タンバリンなど。



そのおかげか?幼稚園の頃には絶対音感も身につき、音楽は自分にとって食事と同じように、生活の一部だったのです。


中学か高校の頃、将来の進路を決める時に、音楽以外は考えられませんでした(というか勉強は嫌いだし出来なかった😂)。
当時は音楽の勉強をするなら、音楽大学へ進むしかありません。
ピアノの先生に相談すると「ピアノで有名音楽大学への進学は無理」。
指はあまり動かなかったけれど、幸い《持ち声》に恵まれたので、声楽科に進学することができました。


音楽大学で勉強するのはクラシックです。
今ではポピュラー音楽を学ぶ音楽大学もありますが、その頃はクラシック以外は音楽ではない❗️という雰囲気でした。
クラシック音楽の勉強では、ピアノも歌もソルフェージュも、師匠はみんな鬼のように怖かったな〜👹


大学4年になって、卒業後はどうするか?という話になりました。
音楽で仕事するとなると、演奏家か教師になるしかありません。
演奏で食べていける人間は一握りしかいないし、自分は能力的にも精神的にも無理です😅
幸いにも教員採用試験に合格したので、卒業後は高校の音楽教師になりました。


ところが教師は教育者であって音楽家ではないので、音楽を教えることは仕事の一部でしかありません。
当時勤めていた学校は進学校で、5教科以外の教員は肩身が狭く…
「体育の先生は生徒指導ができるけれど、芸術や家庭科の先生は 何もできない役立たず」と、面と向かって言われました💧


自分の大切な音楽を貶されたのは辛かったですね…


子育てのために離職していた時は、教会の礼拝でオルガンを弾くのが唯一の音楽活動。
信者の人たちが歌いやすいように、自分も心の中で歌って弾いたので、「とらひめさんのオルガンは歌いやすい」と言っていただきました。



その時、音楽を他の人と共有する大切さを知ったと思います。
幸いにも教員時代の先輩から紹介されて、その後 職場復帰できました。


娘が小学校になった頃、将来音楽の道に進みたいと言ったことがあります。
その時は悩みました。
音楽はとても素晴らしいものだけど、仕事にするのはとても大変だからです。
勉強したからといって、必ずしも音楽で収入を得られるようにはなれません。
それに、本当に好きなことは仕事にしない方が幸せなのかもしれない…


私は音楽の勉強をして来ましたが、勉強すればするほど、自分の演奏技術の限界を知りました。
それに私は音楽を素晴らしいと思うけれど、それは私だけの想いかもしれません。
他の人にとって音楽は取るに足らない物という場合もあります。


娘はピアノも歌も上手ですが、それは趣味にしておきなさいとアドバイスしました。
そして、その通りになり…今でも家に帰って来るとピアノを弾いています。
たぶん私より指が良く動くし、上手ですね😂


趣味や興味で入ったものには限界を感じられず、夢中になることができます。
娘にとって音楽は、そのようなものなのでしょう。
少し羨ましい気がします。



私は《好き》な音楽を仕事にすることができました。
でも、音楽を仕事にしたことで、時に苦しく辛い思いをしたのも確かです。
《好き》なものを ずっと好きでいられるためには、仕事にしない方が良いのかもしれません。


でも、もし次に生まれて来たとしたら…
その時も やっぱり音楽を仕事にしてしまうのだろうな😂


音楽って…やっぱり魅力的です💖