いつもゴキゲンでいたいから…

自分らしくあるために。ジャンルを問わず、今日を書き留めていきます。

ピアノの調律🎹

とらひめ

今日はピアノの調律をしてもらいました。
私が使っているピアノは、ピアノの技術者だった父が、退職記念に自らの手で作ったグランドピアノです。



↓↓ こちらは若かりし頃の父。


ピアノは鍵盤楽器ですが、正確には打弦楽器と言います。
鍵盤を押すと、中のハンマーが持ち上がって弦を叩く仕組み。
ピアノの弦は《ピアノ線》と呼ばれます。
ピアノ線が水平に並んでいるピアノがグランドピアノで、床と直角に並んでいるピアノはアップライトピアノ(縦型ピアノ)。


ピアノ線はピンで留められていますが、弾いているうちに少しずつ緩みが出たりして、音が揃わなくなってきます。
ピンの緩みを調整して音を整えるのが調律で、だいたい1年に1回、この作業をしてもらわなくてはなりません。



父が調律師だったので、私は他の人に調律してもらうことはありませんでした。
父が亡くなった時、初めて自分で調律を依頼。
大きな楽器店から調律師さんを派遣してもらいましたが、1ヶ月もしないうちにピアノの音が狂ってしまったのです。
ちょうど家を建てた頃で、ピアノを移動させたから余計に音が狂ってしまったんですね…


当時、演奏会の時に調律をお願いしたKさん。
演奏家仲間の紹介もあって、我家のピアノも調律してもらうことにしました。



調律の時の音は、独特です。
Kさんの音の鳴らし方は父と少し違いますが…父を思い出してしまいました。


ピアノ部屋は西陽が当たるので過乾燥となり、ピンが緩みやすいそうです。
常に西側の方に大きな布を掛けていますが、なかなかピアノにとっては厳しい条件のようで💦
これ以上ピンが緩んだら、全てのピンを交換しなければなりません。
そうなると大作業となってしまうので…なるべく そうならないように気をつけないと。



こちらはアップライトピアノです。
今の家に越して来るまで20年ほどの間、集合住宅だった時はこのピアノを使っていました。
これは私が大学生の時に弾いていたもの。

父が製造した後の品質変化を見るために会社の倉庫て保管していたピアノを、安価で購入してくれました。
車で言うと新古車みたいなものでしょうか。
このピアノは、もう調律をしていません。
でも…捨てられないのです😅
後ろに《練馬区とらひめ様》とチョークで書いてあって…大学の時、下宿先へ運ぶ時に運送会社さんが書いた跡なのですが💦
思い出なので、チョークの名前も消せないでいます。


今日はグランドピアノの調律だけをお願いしました。
費用の方は、代理店を通さないでお願いしているので、少しお安くしてもらっちゃった😂
ピアノの調律はグランドピアノだと15,000〜20,000円が相場らしいです。


教育現場では、ずっと生ピアノを使ってきました。
でも生ピアノはメンテナンスのための費用が必要となります。
そのため、今 私が教えている学校では殆どが電子ピアノ。
葬儀会場のピアノも電子ピアノです。
電子ピアノは調律などの手間がかかりません。


いずれピアノは全て電子ピアノになってしまうのかも…
でも、私が生きている間は、このピアノを弾き続けることでしょう。


問題なのは、Kさんが高齢者になられたことです。
Kさんに調律をお願いできなくなったら、どなたにお願いしよう?
生ピアノが減ったので、調律師も減ってしまいました。
また調律師ジプシーになりそうな予感がします💧
今から考えておかないといけませんね😂

お片付け

とらひめ

今日は自分の部屋を片付けようと決めていました。
その理由は…明日のブログでお話するとして💦


私は音楽を勉強してきたので、人より楽譜や音楽書、CDを多く持っています。
今の家に引っ越してくる時、それらが全部収まるよう、壁面はすべて書棚にしました。
しかし自分の行く末を思うと、そろそろ身軽にならないといけません😅



今日はこの書棚をメインに片付けていこうと思います。


前にも申し上げた通り、私は断捨離という言葉があまりすきではありません。
断捨離とは『不要な物を断ち切り、物への執着心をなくすことで、身軽で快適な生活や人生を手に入れようとする考え方』を言うのだそうです。
物を減らすことばかりに一生懸命になると、自分の存在意義も取るにならない物になるのでは?と思うので、私は私なりに物を減らすルールを決めることにしました。


そのルールとは…
①それを手にした時の記憶が あやふやな物は捨てる。
②ここ3年ほど開いていない本、楽譜は捨てる。
③持っていた、という事実を忘れていた物は捨てる。


さて!ガンガン行きますよ〜٩( 'ω' )و
まずは右下の棚から手をつけましょう。
……と思ったら、いきなり つまずきました💧
手にした冊子は昭和62年、私が就職した年に編纂された県内の高校全ての校歌集です。



以前にもこれを捨てようと思い、一旦は要らない冊子の方に推しやったのですが…
それを見た娘が「お母さん、これ…本当に捨てていいの?」
う〜ん…これを作った先輩方は、大変な苦労があったと思うんですよね😢
それを思うと捨てられませんでした。
ちょっと中を見てみると…



これは私の母校の校歌です。
でも、もうこの校歌は歌われていません。
なぜなら女子高から男女共学になったので、歌詞がそれにそぐわないから、校歌自体が新しくなってしまったのです。
たぶんこの歌集に入っている歌の幾つかは、すでに歌われていません。
私が勤務した定時制高校も統合再編されたので、無くなってしまいました…


これを処分するかは、次回に持ち越すことにします😅


手をつけ始めた棚は、思い出コーナーだったので 懐かしい品が出てくるわ出てくるわ…
これを捨てるかどうかは、還暦の時に考えることにしよう💦



オルガンの楽譜がたくさん出てきました。
もう教会へ行っていないので、オルガンを弾くことはありません。
左下の赤い本1冊だけ残して、後は処分します。



歌の楽譜の処分が一番迷いました。
私が勉強してきたのはドイツ歌曲(シューベルトやブラームス、シューマンなど)で、それらの楽譜はほとんどが外国版です。
裏を見ると当時の値段が書いてあり、中には1冊18,000円の楽譜も…
お金がない学生時代は、安価な東ドイツ版を主に買っていましたが(当時は東西ドイツと別れていたので共産圏の楽譜は安かった)、就職した時に高価な楽譜を買い漁ったのです😅
でも、もう歌のレッスンに行っていないし、そもそも歌の演奏活動はしていません。
どれもこれも思い出の品だけど、3年以上開いていないので処分することにしました。



この棚の楽譜は、仕事で使う保育関係のものを除いて処分します。
もう『カルメン』とか歌わないし💦


結構潔く処分しました。
たぶん持ち数の1/4くらいは決心がついたと思います。



これが片付け後の写真です。
楽譜と音楽書、文庫本は大分減りましたが…真ん中のCDは手をつけていません。
マンガもそのままですね〜🤣
マンガとゲーム関係の本は娘と共有なので、今のところ減らせられません。
処分を決めた本は、片付け後、すぐに古紙回収のコンテナに持って行きました。


片付け後の書棚を見た夫が「だいぶ減ったね」と言ってくれましたが、自分的にはまだまだ…といった感じです。
来年はもう少し減らさなきゃ💦
それにはもう少し、自分の人生の記憶を整頓しなければなりません。
ミニマリストへの道は…険しいです😅

手を使うということ

とらひめ

先日、娘と話した時のことです。
カゴ編みを習いに行こうと思っていると言うと、最近は手仕事をする人が少なくなったね…という話になりました。


娘が勤務している病棟の患者さんは、編物や折り紙をして入院生活を過ごしていたそうです。
患者さんは退院の時、お礼と言って娘に くす玉や編みぐるみをプレゼントしてくれました。



でも最近、入院中に手仕事をしている人を見ることは殆どなくなったそうです。
最近の患者さんは、病室にタブレット端末を持ち込んでYouTubeなどを見ていることが多いのだそう。


娘が医療従事者として働き出した9年の間に、時代は変わったなと思うと言っていました。


でもこれは入院患者さんだけに言えることではなく、手仕事をする人が減っているのだと思います。
私の住む街には手芸用品を扱うお店が何軒かありましたが、そのほとんどが閉店してしまいました。
手芸用品を買う場合、遠くにあるお店まで行くか、ネット販売を利用するしかありません。
これは手芸だけに言えることではなく、世の中全般的に、手を使って何かをする機会が少なくなって来ているのだと思います。


少し前、学校でパソコンの授業をしている先生から、最近の学生はキーボード入力ができないという話を聞いて驚きました。



今、二十歳前後の世代は、最初に手にする情報機器がスマホなので、フリック入力しかできないのだそうです。
これはローマ字についての理解があまりないことと(現在ローマ字は小学校でサラッと学ぶだけ)、5本の指を思うように動かせないからだと言っていました。
キーボード入力でさえそうなのだから、ピアノを弾かせるのは もっと大変でしょう?と言われ…確かにその通りだなぁと思ったのです。


2年くらい前に卒業した学生の1人は、自分の指を思うように動かせませんでした。
障害があるというわけではなく、単に自分の指のコントロールが上手くできないのです。
例えば《指くぐり(または指かがり)》という奏法。
(ピアノでドレミファソラシドと弾く場合、ドレミまでは親指、人差し指、中指と来て、ファの音の時に中指の下に親指をくぐらせる、それが《指くぐり》)
その学生は何度指導しても、それができませんでした。
どうも、自分の指がどう動いているのか、どう動かせば良いのか…頭で理解しても、それが指の動きに連動しないのです。



これは小さい頃の遊び方に問題があるのでは?
そこで、小さい頃にどんな遊びをしたのか尋ねると、ビデオを見たりすることが多くて、折り紙やブロックなど、手先を使う遊びは あまりしてこなかったと言いました。
手をあまり使わなかったのが理由かどうかは分かりませんが、ハサミも上手く使えないそうです。
(この場合は障害の部類に入るのかもしれません)


私が今の学校でピアノを教え始めて10年以上になります。
ピアノを初めて習うという学生に限定して言うと、明らかに今の学生は手指を動かす機会に恵まれてこなかった感じで、これは世の中全般の流れがそうなのでしょう。


人間は猿から進化して二足歩行をするようになり、手が自由に使えることで、文明を発展させてきました。
私たちの両手は、神さまから与えられた最も素晴らしい贈り物だと私は思っています。
この《手》があれば、いろいろなことができる…それを使わないと、何だかもったいない気がするのですが😅


手指を使うことで、脳の血流が良くなると言われています。
手先を使う機会の多い人は認知症になりにくい、のだそうですよね。
(でもピアノの先生で認知症になった方もいらっしゃるけど…)


私は仕事でピアノを弾いたり、手仕事が好きだったりと、他の人より手指を酷使しています。
そのせいか40代半ばの時に、ヘパーデン結節を発症しました。
最初は痛みも痺れも大変でしたが、今はそれほど痛みはありません。
でも指は激しく変形しています💧
変形した指は、手を使ってきた勲章だと思うようにしていますが、やっぱり人前で指を出せないのは悲しいですね😢


それでも自分の指のスペアはないので、死ぬまでこの手とのお付き合いは続きます。
使いすぎないようにしなければ…と思いますが、どうしてもアレコレと手を使ってしまいます😂
今日も雨だったので刺し子を楽しんでいました。



歳とともに怪しくなる目と手先ですが、やっぱり手仕事はやめられません。
編み物も刺し子も、作業をしている時にアレコレ考える、その時間が好きなのだと思います。
編み物や刺繍などの反復操作は、精神安定の癒し効果があるそうですし。
(ってことは、私の心は病んでいるのかしら?🤔)



今日、くす玉のことを調べていたら、折り方のレシピを見つけてしまいました。
折り紙もいいなぁ〜と…また浮気症で困ったものですが💦
とりあえず刺し子キットを完成させないと🤣